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八朔だんご馬

ページID:0015937 更新日:2015年9月19日更新 印刷ページ表示

八朔だんご馬

先日紹介した八朔だんご馬についてさらに調べてみました。
八朔だんご馬は中讃地域に伝わる祝い菓子です。
旧丸亀藩のエリアにつたわるこの風習ですが、この近辺では特に長男の出生のときに盛大にお祝いするそうです。

2016年の記事へのリンク

だんご馬写真
(写真提供:山地製菓)

 なぜ馬をつくるのか・・・という理由については、前述の曲垣平九郎にあやかったとも言われます。また、崇徳上皇が讃岐に流されて来たとき、慰めるため米の粉でだんご馬を作ったのが始まりともいいます。主に男児の出生を祝う行事とされています。
  だんごは米の粉で、骨組みは木や鉄でできており、昔は子どもが乗ることができるほどしっかりとしたものもあるそうです。家で飾った後は近所の家々に振る舞い、男児の誕生や成長を地域全体で祝っていたそうです。

次の写真が、金蔵寺近辺のあるお宅で馬節句を祝ったときの飾りつけです。
豪華ですね・・・。ちなみにこの中にだんご馬が3頭あります。右に見える二頭は善通寺の山地製菓でつくられたもので、左の1頭は丸亀市のほうでつくられたものだそうです。

馬節句写真

八朔だんご馬の由来詳細(資料提供:山地製菓)

旧暦の八月一日を八朔といいます。「朔日」をついたちと読むのは、月立からきたものであり、江戸時代には、この日を五節句以外の重要な節句の日として、親交を厚くするためにいろいろと贈答しあったり、豊作を願って稲の初穂を祭り祈ったそうです。

西讃地方(現在の丸亀、仲多度、三豊)ではこの日を八朔の日または馬節句の日として、端午の節句と同様、男の子の健やかな成長をねがう行事として、今なお、脈々と受け継がれています。

だんごをつくって祝うところは全国に数多くありますが、馬を飾るのは、広島県の福山市と福岡県の一部にあるだけです。
だんご馬の由来は、一説では保元の乱(1156年)に敗れた崇徳上皇をお慰めしようとこの馬をつくって献上したのが始まりだとか、丸亀藩の馬術の名人であった曲垣平九郎にあやかり、わが家の男子もそうならんことを願ってなどとも言われています。

八朔の日にはりっぱなだんご馬が、武者人形や張り子の虎、大きな鶴亀の団子菓子といっしょに飾られます。節句祝いが終わると、だんご馬は細かく切り分けられ、祝いに駆けつけてくれた人や近所、親戚に配られます。ほのかな甘みがあるので、そのまま焼いて食べても良いけれど、醤油などにからめるとより風味を増します。

昔の子どもたちは、だんご馬を食べさせてもらうと必ず灸をすえられたそうです。これは子どもの健康を案じた親たちの生活の知恵だったと考えられています。

だんごは食べたいが灸はこわい、そんな懐かしい光景が目に浮かぶようです。
私たちは忘れさられようとしている、これら古く楽しい年中行事を大切に保存していかなければなりません。

団子馬の骨組み

八朔だんご馬の骨組みについては、調達方法がすくなくとも二通りあります。
ひとつはお店で保管している骨組みを借りるもの。
もうひとつが、家や近所で所有するものを融通しあうものです。

こちらの骨組みが、お店で保管している現役のだんご馬に用いられているものです。

だんご馬骨組
(所蔵:山地製菓)

そしてこちらが、民家で所有していたものです。郷土館に保管してあります。真ん中にぶら下がっているのは飾り付け用のたてがみです。

郷土館所蔵だんご馬骨組
(所蔵:善通寺市郷土館)

善通寺の隠れた名店「山地製菓」

 ここで隠れた名店シリーズの紹介になります。
 山地製菓といえば、多くの和菓子を生産しています。
・・・が今回は伝統の祝い菓子である「八朔だんご馬」の作り手として紹介させていただきます。

 昔は金蔵寺だけでも多くの作り手がいたのですが、最近ではめっきり減ってしまいました。
 今なお残る数少ない作り手のうち一社として、この山地製菓があります。

だんご馬写真2

こちらが山地製菓で作っているだんご馬です。後ろ足に体重を乗せ、いななくさまを力強い構図で表現しています。
今年度の八朔の日は9月13日でした。・・・残念ながら子どもと一緒の写真は調達出来ませんでした。
多くの家庭では、男の子をこの馬にまたがらせたりして記念撮影するそうです。

ちなみにサイズごとの価格としては、
3升だと一万八千円
5升だと三万円
7升だと四万二千円
一斗だと六万円 
だそうです。

 だんご馬骨組

先ほど紹介したこの骨組みに米でできただんごで肉付けをしていきます。
昔は、完成品をおさめるのではなく、骨組みがあるところにお鏡をもっていってそこで造形したこともあったそうです。
善通寺市で生まれ育った人たちが懐かしさを込めて語る「八朔だんご馬」。これからも貴重な作り手としてがんばってください。