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青龍古墳

印刷用ページを表示する 掲載日:2014年4月23日更新

青龍古墳調査報告書

青龍古墳調査報告書1 [PDFファイル/30.41MB]

青龍古墳調査報告書2[PDFファイル/29.04MB]

青龍古墳調査報告書3 [PDFファイル/1.38MB]

前文より

善通寺市内には数多くの埋蔵文化財が残されており、これらが発掘調査されるたびに新たな事実の発見があり、そして新たな謎の解明が始まります。
今回調査された吉原町の「青龍古墳」は、平地に築造された巨大な古墳で、周庭帯を伴い二重の濠を有すると云われ、前方後円墳である可能性が取り沙汰されていました。ところが発掘調査の結果はまったく意外なものでした。
調査の結果は、青龍古墳に二重の濠はなく、前方後円墳でもないということで少々残なような気がしますが、濠ではなく広い周庭部を有する珍しい大円墳であることが判明しました。この地にはどのような豪族が活躍していたのでしょうか。
また、吉原町には四国を代表する中世の山城跡として史跡指定を受けた「天霧城跡」がありますが、青龍古墳は天霧城が築かれた頃、何らかの目的で人工的に大規模に改変されたものと考えられます。
戦国時代に、その地の利を生かし古墳に手を加えて利用するという例は全国に幾つか確認されているようですが、この古墳を砦として改修した集団やその目的について、新たな事実と共に謎は深まります。
このたびの善通寺市内遺跡発掘調査事業実施にあたり、ご協力をたまわりました鷺井神社の関係者及び周辺地権者の方々、また報告書刊行にあたり、ご指導をたまわりました諸先生各位に厚くお礼申し上げますとともに、発掘調査に携われた調査関係者の皆様のご苦労にも心から感謝申し上げます。

平成6年3月31月
善通寺市教育委員会 教育長 勝 田 英 樹

発掘概要

1.本書は善通寺市教育委員会が国庫補助事業として実施した、埋蔵文化財調査事業(善通寺市内遺跡発掘調査事業)の発掘調査報告書である。
2.本事業は善通寺市吉原町1705(鷺井神社境内)及びその周辺部に所在する青龍古墳において平成5年11月15日から平成6年3月31日まで実施された。
3.本書の編集作成は善通寺市教育委員会文化振興室主事笹川龍一が行った。
4.補助事業の中で実施された、墳丘及び周辺部の測量調査及び遺物の実測は四国学院大学考古学研究会の協力を得て笹川が行った。
5.本事業実施にあたっては、次の方々にご協力頂いた。記して謝意を表します。

(敬称略・順不同)
鷺井神社宮司:金森重昭
鷺井神社総代:西山成賀、尾崎芳男、片山 博、高島正和、福崎輿市、村井 守、森  博、村杉輝夫、田中 亘、音泉 潔、高目安市、砂古口恒
地権者:金森 斉、三木政徳、山田悦男、森江秀行、天雲 廣、山ロスエノ、高口敏高、野村光雄、森江光章、国重利正、森 伸二

また、本書の編集にあたっては、次の方々・機関より多大な御指導・御援助並びに資料提供を得た。記して謝意を表します。(敬称略・順不同)

香川県教育委員会、香川県埋蔵文化財調査センター、四国学院大学考古学研究会、廣瀬常雄、囲木健司、片桐孝浩、東 信男、竹森義治、滝安勝見

調査参加者:石村 守、中山能照、井原義春、井原康夫、三好光彦、岡崎熊市、藤沢 進、山田金太郎、竹森ミユキ、岩本希世子
(四国学院大学考古学研究会)
蔵崎直哉、佐伯正樹、山岡大祐、木村朋樹、宮脇 勝、内山賢一、福庭紳介、矢野ゆかり、二神千春、矢野由紀子、瀬尾祐子、真鍋富子


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