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市内の狛犬5(神櫛神社、荒魂神社(稲木)・荒魂神社(赤門筋))

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年5月20日更新

善通寺市内の狛犬【神櫛神社・荒魂神社(稲木)・荒魂神社(赤門筋)】

善通寺市内の神社には多くの狛犬が存在しています。古くは室町時代頃のものと思われる木造の狛犬があり、石造りのものについては、古いモノでは寛永、文政、安政などの時代に寄進されたとおもわれるものもあります。

狛犬というと、ご存知のとおり神社に奉納、設置された空想上の守護獣像です。
本来は「獅子・狛犬」といい、向かって左側が口を閉じた角ありの「吽像」で狛犬とされていました。一方で、右側には口を開いた「阿像」ですがそれは狛犬ではなく獅子だったとされています。また、この阿吽は日本独特の形です。他国ではこのようにはなっていません。また、おもしろいのが、現在「狛犬」とされているこの像は、形としては阿吽共に「獅子」の特徴のみがのこっているのに、「狛犬」と呼ばれています。

獅子座思想はインドが発祥といわれ、のちに中国に入ります。そして、霊獣好きでもある中国の人々の想像力により、獅子も羽や角を生やし、俗にいう「唐獅子」と呼ばれる派手な獅子像がうまれました。
それが、平安時代後期に日本に入り、双方獅子であったものが、上記の左は狛犬、右が獅子となったそうです。 そして神社の入り口を守るようになり、時代を経るにつれ形は「獅子」、呼び方は「狛犬」が定着した・・・と思われます。

今日は東部、中央地区の狛犬です。

神櫛神社

祭神は神櫛王命、あるいは神櫛王の御子神、あるいは武國凝別皇子を祀ったともいわれます。

神櫛神社のあたりは皇子といいます。鳥居の皇子大権現という銘が掲げてあることからも、神櫛皇子に対する信仰からついた地名のようです。ここを「皇子の森」ともいい、狛犬はこの森のなかにたたずんでおり、年期を感じさせます。

神櫛神社写真

丸山八幡神社の出雲構えとおなじく、腰を高く頭を下げている力強い構図をとっています。
先日述べましたが、出雲構えは市内ではこちらと丸山八幡神社で確認しております。

神櫛神社狛犬吽形 神櫛神社狛犬阿形写真

荒魂神社(稲木)

善通寺市内には荒魂神社という名前の神社が複数あります。
少なくとも稲木、赤門筋、砂古にあり、砂古以外には狛犬がいます。
まずは稲木の荒魂神社です。

東部荒魂神社写真

狛犬は昭和七年の奉納となっています。

こちらには、金蔵寺の新羅神社、皇美屋神社、原田春日神社とおなじく子供を連れ添った狛犬がいます。
金蔵寺のほうは阿形の足元にいましたが、こちらは吽形の足元にいます。皇美屋神社とは違い、前から親犬にじゃれかかっているような構図をとっています。

荒魂神社吽形写真 吽形拡大写真

尾は流れ尾です。この地域に多くみられる型となっています。

東部荒魂神社阿形写真 東部荒魂神社阿形後姿写真

獅子の高さは約67センチ、台座の高さ約11センチ、基壇の高さが110センチほどでした。

荒魂神社(赤門筋)

もう一つの荒魂神社です。

赤門筋荒魂神社写真

こちらの狛犬の作成年は、基礎の文字から大正十四年の奉納と読めました。たれ耳で、眉があります。畿内の作風でしょうか。本体高さ約65センチ、台高さ約19センチ、基壇高さ約110センチです。
作者は「石工宮本恒之」と読めました。

赤門筋荒魂神社吽形写真 赤門筋荒魂神社阿形写真

尾は典型的な扇形です。浪花狛犬の作風です。阿形は後ろから見ると、五重塔を眺めているようにも見えます。

赤門筋荒魂神社写真1

次はこれまで紹介していない神社(皇美屋神社と竜川地区)の狛犬です。



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