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市内の狛犬6(皇美屋神社と忠魂社の狛犬)

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年5月26日更新

善通寺市内の狛犬【皇美屋神社・忠魂社(金倉寺境内)】

狛犬写真

善通寺市内の神社には多くの狛犬が存在しています。古くは室町時代頃のものと思われる木造の狛犬があり、石造りのものについては、古いモノでは寛永、文政、安政などの時代に寄進されたとおもわれるものもあります。

狛犬というと、ご存知のとおり神社に奉納、設置された空想上の守護獣像です。
本来は「獅子・狛犬」といい、向かって左側が口を閉じた角ありの「吽像」で狛犬とされていました。一方で、右側には口を開いた「阿像」ですがそれは狛犬ではなく獅子だったとされています。また、この阿吽は日本独特の形です。他国ではこのようにはなっていません。また、おもしろいのが、現在「狛犬」とされているこの像は、形としては阿吽共に「獅子」の特徴のみがのこっているのに、「狛犬」と呼ばれています。

獅子座思想はインドが発祥といわれ、のちに中国に入ります。そして、霊獣好きでもある中国の人々の想像力により、獅子も羽や角を生やし、俗にいう「唐獅子」と呼ばれる派手な獅子像がうまれました。
それが、平安時代後期に日本に入り、双方獅子であったものが、上記の左は狛犬、右が獅子となったそうです。 そして神社の入り口を守るようになり、時代を経るにつれ形は「獅子」、呼び方は「狛犬」が定着した・・・と思われます。

今日は善通寺市で最も多くの狛犬がいる皇美屋神社と、ここまで紹介していなかった忠魂社(金倉寺境内)の狛犬です。

皇美屋神社

皇美屋神社には市内の神社で最多8つの狛犬が存在します。
さまざまな作風ですが、明治20年から明治38年に奉納されています。
あと、この神社の狛犬に共通していることですが、呍形には必ず子どもがいます。

まずは一組目、明治二十年頃の作品です。
作風は安芸に多い作風、玉乗りです。玉には花の模様が入っています。
尾は巻き尾となっております。
大きさは市内でも最大クラスで、120cm程度で、台座も併せると2m40cmほどになります。

皇美屋神社狛犬その1呍形 皇美屋神社狛犬その1阿形

皇美屋神社狛犬その1呍形子ども写真

二組目、こちらは少々小型で、60cmほどのものです。
こちらの呍形のほうに、作者「琴平 石工 乾為五郎」と記してあります。
明治三十六年の奉納です。

皇美屋神社狛犬その2呍形写真 皇美屋神社狛犬その2阿形

皇美屋神社狛犬その2子ども

次に、三組目。こちらが、珍しい狛犬です。次の図のような配置にあります。
二組目は手前から見て、右に阿形、左に呍形となっています。次の3組目は神様(社殿)のほうに向き、右が阿形、左が呍形となっています。

皇美屋神社狛犬配置
このような状態です。これは、次のような景色に見えます。
狛犬配置

顔がみえるほうから見ると、右に呍形、左に阿形という組み合わせに見えます。今まで説明してきたとおり、狛犬は通常右が阿形、左が呍形ですので、阿吽が逆となっています。
この「神をみつめる」狛犬は珍しく、県内外から写真を撮りにくる方もいるらしいです。当然ですが、こういう並びをしているのは市内でここだけです。

この狛犬、「間違えておいているのでは?」とも思えたのですが、置き直しても、阿形と呍形の顔の向きが、通路と逆に向くことになり、やはり、現在の狛犬の配置を意図してつくられたものであることが分かると思います。
この逆向きの呍形の狛犬は他の蹲踞型の狛犬と同じように子どもが後ろ足に乗っています。
高さは80cmほど。明治三十八年の奉納です。

皇美屋神社狛犬その3阿形 皇美屋神社狛犬その3呍形写真

皇美屋神社狛犬その3呍形こども写真

そして、四組目の狛犬です。尾は巻き尾ながら、扇型にちかい形をとっています。また、前頭部は前髪のような、装飾となっているため、江戸風であると考えられます。
先ほどの図を見てほしいのですが、社殿をみて左に配置してあります。どうももともとよそにあった神社をこちらに合祀するとき、持ってきておいた狛犬のようです。つまり、元あった田高田天満宮の前にあったものであるため、本殿とは違った方向にある・・・と考えられます。
高さは60cmほど。明治三十六年の奉納です。

皇美屋神社狛犬その4呍形写真 皇美屋神社狛犬その4阿形

四組目後ろ姿

さて、すべての呍形に子どもがいるのは、どのような想いがあってのことでしょうか。
この神社は昔は子どもの遊び場で、地域の子どもはここで育ったようです。近所の方にお話を聞くと、地域の子供たちはこの神社に来て遊び、社の中に祀られている神様は遊んでいる子供たちをみると、社から出てその輪のなかに紛れてあそび、そして地域の子供を覚えていく・・・という話を親たちの世代からよく聞いたそうです。

地域の中心であった神社において、地域だけではなく神様も含めて子どもをそだてることがあたりまえだった。こうした子育てを大切に、尊いものとする地域の人の心からすれば、神様に奉納する狛犬に子連れの姿を選ばせることは当然だったのかもしれません。

皇美屋神社は自然あふれる神社です。この境内にはミミズクやトビが巣をつくったりするそうです。大切にしたい郷土の景色ですね。

忠魂社(金倉寺境内)

金倉寺境内にある忠魂社の狛犬です。
こちらは阿形が玉乗りです。
一方で、呍形は通常の蹲踞をしております。両方とも前髪を施し、巻き尾であることから、江戸の作風をうけた作品と考えられます。比較的新しい狛犬です。

 忠魂社呍形写真 忠魂社阿形写真

次は吉原地区の狛犬です。



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