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市内の狛犬7(吉原地区の狛犬)

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年6月1日更新

善通寺市内の狛犬【吉原地区】

吉原地区、東碑殿にある菅原神社の眺めです。こちらの狛犬は、善通寺市内で最も眺めの良い場所で構えていると言っていいでしょう。

東碑殿八幡宮

善通寺市内の神社には多くの狛犬が存在しています。古くは室町時代頃のものと思われる木造の狛犬があり、石造りのものについては、古いモノでは寛永、文政、安政などの時代に寄進されたとおもわれるものもあります。

狛犬というと、ご存知のとおり神社に奉納、設置された空想上の守護獣像です。
本来は「獅子・狛犬」といい、向かって左側が口を閉じた角ありの「吽像」で狛犬とされていました。一方で、右側には口を開いた「阿像」ですがそれは狛犬ではなく獅子だったとされています。また、この阿吽は日本独特の形です。他国ではこのようにはなっていません。また、おもしろいのが、現在「狛犬」とされているこの像は、形としては阿吽共に「獅子」の特徴のみがのこっているのに、「狛犬」と呼ばれています。

獅子座思想はインドが発祥といわれ、のちに中国に入ります。そして、霊獣好きでもある中国の人々の想像力により、獅子も羽や角を生やし、俗にいう「唐獅子」と呼ばれる派手な獅子像がうまれました。
それが、平安時代後期に日本に入り、双方獅子であったものが、上記の左は狛犬、右が獅子となったそうです。 そして神社の入り口を守るようになり、時代を経るにつれ形は「獅子」、呼び方は「狛犬」が定着した・・・と思われます。

本日は吉原地区の狛犬です。

菅原神社(東碑殿)

まずは東碑殿です。冒頭で述べたとおり、善通寺市内で最も眺めの良い場所で構えている狛犬です。

東碑殿吽形 東碑殿阿形

作者は「タドツ石工石井新吉」と記されていました。大正十一年十月の奉納のようです。
作風が御館神社とそっくりです。同じ作者か、おなじ流派の作品なのでしょうか。

東碑殿吽形後姿 東碑殿阿形後姿

高さは狛犬部分が約98センチ、台が約19センチ、基壇が約97センチです。
なお、狛犬はいませんが、近くにある西碑殿天満宮はこの菅原神社から分祀されたものだそうです。

東西神社

十五丁には多くの人が利用している車道の両脇に構えている狛犬がいます。
これは東西神社の狛犬です。

東西神社遠景

高さ約74センチ、台の高さ約16センチ、基壇98センチです。

東西神社阿形写真 東西神社吽形写真

次の阿形は鷺井神社のものですが、阿形同士比べると同じ特徴をもっていることがわかります。基壇に刻んである文字の字体も近いです。狛犬の型は熊本直向型という型だろうと思われます。同時期の制作なのでしょうか。東西神社のものは、製造年月を判読することはできませんでした。

 鷺井神社阿形

また、像と台の部分の高さは鷺井神社と東西神社のものとはほぼ同じです。
善通寺の獅子舞について調べていた時に、鷺井神社と東西神社はつながりが深く、祭りも同時に開催していました。
寄進するときにも、同じところに製造を依頼したのかもしれません。
材質は砂岩です。

水分神社

水分神社は「玉乗り」の獅子です。蹲踞型の玉乗りではなく、出雲構えのようにいきいきとした獅子が玉の上で構えています。比較的新しい作品です。表情に愛嬌がありますね。

水分神社吽形写真 水分神社阿形写真

大正三年の奉納で、作者名は「石工岡田大助」と読めました。大助の部分がかすれているため、少々違う可能性もあります。
像部分の高さ約90センチ、台の高さ約19センチ、基壇部分約120センチでした。

次回は市内の「木熊野」神社の狛犬です。



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