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大麻神社由来書


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印刷用ページを表示する 掲載日:2015年5月8日更新

式内社 大麻神社 (香川県善通寺市大麻神社)

一.祭神 天太玉命

  相殿 天津彦々火瓊々杵尊及び供奉三十一神

一.例祭 

十月第一土、日

一.由緒

延喜神名式『讃岐国多度郡小大麻神社とありて、延喜式二十四社の一なり』

天太玉命は高皇産霊神の御子に座して、天児屋根命と俱に、祭神を主り給ひ、抜群のご功績あり。

天照大御神、瓊々杵尊に豊葦原瑞穂国を御依し給ひて、天孫降臨。命は供奉三十二神の御伴緒の一神にして、所謂、忌部氏の祖神なり。

御鎮座創祀せしと相伝ふ。往古当国忌部氏、阿波忌部氏と協力して讃岐を開拓し、この地に麻を植え、殖産興業の途を開かれ、国利民福の基を進め、その祖神天太命を祀り、大麻天神と奉称し、村の名を大麻と云ふ。

一.十二代景行天皇二十三年癸巳年夏 南海に悪魚ありて災害をなす。天皇、皇子神櫛王に平らげ給へと勅ありて、軍士率ゐて下る。討伐に際し、大麻神は天孫と倶に国士平定の守護の神となりて祭り、果たして験あり。

土佐国より当国綾の海にて、斯を平定しのち、国造に任ぜらる。崇敬愈厚く、御供仕へし穂積忍山彦根をして、神殿を修営し玉串を納め祭祀を主らしめ給へり。(穂積忍山彦根は現宮司白玖氏の遠祖なり。)

一.神階

五十六代 清和天皇

「貞観七年冬十月九日丁巳讃岐国従五位下麻神授従五位上」(三代実録)

六十代 醍醐天皇

「延喜十年八月二十三年授讃岐国大麻天神従四位下」(日本紀略)

後円融天皇

  永徳元年迄に正一位の神階に進ませらる、御加階毎に、位田の御寄進もありたり。

一.重要文化財

天津彦々火瓊々杵尊 坐像壱軀
天太玉命 坐像壱軀

 右四十台天武天皇白鳳十一壬午年(皇紀一三四二)

 穂積忍山彦根の裔二十三代二十世孫神主穂積宿弥白玖鵜麿の作なり。重要文化財に指定せらる。

 同年、天孫瓊々杵尊及供奉三十二柱の神像作り、相殿に奉斎す。

 仝  門守神狗形二體白玖志岐

 門守神狗形二體神門に奉斎す。

一.境内神社

天神地祇社

祭神 天神地祇八百萬神及橘姫命

由緒 此の神鎮座後、里人に託して、今より疾鬼をして此の里に入らしめずと、故に村民厚く崇敬す。

 

讃岐初代国造、神櫛王命(式内社櫛梨神社祭神・式内社城山神社祭神)を始め、国司、京極藩主の崇敬篤く、国内大衆の信仰を有ち、大麻神社と称せ奉り、延喜の制官社に列し、官庫の奉幣に預り、霊験著明赫々たる歴社なり。

一、旧社格

一)明治五年郷社に列せられる。

一)昭和八年六月十九日県社に列せらる。

生駒記、式社考、大日記二十四社名目、西讃府志、讃岐古社神名帳、皆同じ。当社は大麻山に鎮座。古今異説なし。

一、境内祖霊社(上祖穂積白玖忍山彦根七十代之霊神)

穂積忍山彦根は、穂積忍山宿弥の嫡男にして饒速日命より出づ。

景行天皇二十三年、神櫛王名に従ひ、讃岐に来り、大麻神社の祀を主る。氏を白玖と改め、子孫代々祠官となり、連綿七十三代、今日に至る。



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