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JR善通寺駅は1889年(明治22年)5月に讃岐鉄道の吉田駅として開業し、翌6月に現在の駅名と同じ善通寺駅へ改称されました。
今年で131年を迎える歴史深い駅で、日本にある現役駅舎としては最古級を誇る駅(実は日本一古い説もあります)として、国の登録有形文化財に登録されています。駅舎内には、明治22年3月30日と記された建物財産票も存在しています。平成30年8月には、市とJRが連携して駅周辺の活性化を担うマチカツプロジェクト連携【四国家のお宝】へも加盟しています。
善通寺駅には、今でも昔の面影が残っている場所があります。入り口の石段は大正時代に造られたものが今でも使われており、ホームの天井も当時の木組みの状態のまま残っています。その他、駅舎内の各所で歴史を感じることができます。
昭和39年頃
平成元年
1番ホーム天井の木組み
ホームから線路部分のブロックを見ると、不自然にブロックが変化している箇所が見られます。
元駅長和田さんによると、写真に写っているくぼみは、昔職員専用の線路通路での石段だと推測されます。駅長・職員等が対面する2・3番ホームへ行く際に利用しており、通常時は鉄板でふさがれていた場所。また、ホームの高さは客車列車から気動車へと変遷した時に、車両の乗降ステップの高さに合わせてかさ上げされ、ブロックの変更はその時の名残のようです。
平成元年に赴任してきた当初、衝撃的な風景を目にしたことを今でも鮮明に覚えています。それは、2番ホーム(出入り口奥側)へ降りた男子高校生たちが、跨線橋を見向きもせずホームから線路へ飛び降り、改札口側の1番ホームへそのまま走ってきていたのです。(もちろん、違法行為なのでしてはいけません)それも一人や二人ではなく、ありの大群のように高校生が線路を歩いていました。一体どうなっているんだ、、、これは指導していかなければと身を挺して指導することにしました。
毎朝、管理者と二人でホームに立ち、生徒を補導する毎日。学校側とも協力して危険防止のため駅構内放送設備を使って注意喚起も行っていました。この放送は駅周辺の住民の方々から話題になり、『駅が高校生の指導をしている』と好評を得て、駅としてはご支援をいただき、とてもありがたいことでした。その結果、誰もけがすることなく、楽しい毎日を過ごすことができました。わがままでわんぱくな高校生たちとの出会いは、私の善通寺駅長時代の一番良き思い出となりました。
元善通寺駅長 和田 秀秋さん(平成元年5月~平成3年12月)