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善通寺市デジタルミュージアム 甲山寺
甲山寺
中村町方面から弘田川沿いに北へ向かうと甲山寺に着きます。医王山多宝院(いおうさんたほういん)甲山寺は四国霊場88ヶ所第74番札所で、総本山善通寺の末寺にあたります。本尊に薬師如来、寺の前の洞穴に毘沙門天(びしゃもんてん)を祀ってあります。
西讃府志によると、弘法大師が満濃池(まんのういけ)を修築した功績で朝廷から賜った報償金でこの寺を建て、大師自ら本尊を作って祀りました。寺の伝えによれば、満濃池修築以前に、弘法大師が曼荼羅寺と善通寺の間に寺を建てたいと場所を探していると、甲山のふもとの岩穴から老人が現われ、この地に寺を建てるように告げました。大師は感激して毘沙門天の石像を刻み、岩穴に祀ったといわれています。
残念ながら当初の寺は天正年間に全焼し、その後、元禄年間(1688~1704年)から復興・再建をくり返してきました。第2次大戦後、参道がわからなくなっていましたが、多度津の信者の奉仕で復活しました。
山門の屋根にはうさぎの瓦があります。
甲山寺山門の兎(うさぎ) (歴史探訪より抜粋)
京都市高山寺に伝わる国宝の「鳥獣戯画」の一巻に有名な猿、兎、狐、蛙などを擬人化して遊戯や法会(ほうえ)の場面を描いているが、黒一色の濃淡、強弱自在な筆さばきをみせて表現力に富んでいる。兎は、人間生活に親近感があったためであろう。
古代にはウサギをウといっている。大国主命(おおくにぬしのみこと)の因幡の白兎の話もシロきウと読むのがよいらしい。今昔物語に兎を殺した報いの話が出ているが、兎は霊獣視されていたためであろう。かぶと山の東麓(とうろく)四国八十八ヶ所第七十四番札所甲山寺の山門土の瓦の兎は参拝者に愛嬌をみせ、地域住民のアイドルでもある。ほどほどにはねて幸せを得たいものである。
所在地
弘田町1765-1
甲山の北のふもと。市営野球場から歩いて約3分。