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善通寺市デジタルミュージアム 雲気神社
雲気神社
弘田川の流れに沿って北へ進むと、高速道路の南側に雲気神社があります。
延喜式内社(えんぎしきないしゃ)で讃岐24社に数えられる由緒ある神社で、全讃史には「祠は昼なお暗く、よく雲気を生じ雨降る、故に雲気の神という」とあります。天正年間(1573~92年)に長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)の讃岐侵攻による兵火で全焼しましたが、宝暦4年(1754年)には丸亀藩主京極高矩が再興し、自筆の額、鳥居、神図を寄進しました。この再興にまつわる次のような伝説があります。
京極高矩(きょうごくたかのり)が将軍の前で騎射(きしゃ)(馬上から弓を射ること)の腕を披露することになりました。心配しつつ眠りについたところ、夢枕に白ヒゲの老人が現れて「明日の騎射は重藤の弓に白羽の矢を用いよ」「わしのいう通りやれば必ず成功するぞ、わしはお前の領地の守護神・雲気の神じゃ」といいました。はたして翌日の騎射は大成功。調べてみると、雲気の古い祠跡が弘田村にあったということです。
所在地
弘田町鬼塚
高速道路の南側の田園地帯。
吉原小学校から歩いて約10分。